THINK TANK

「メタバースにおける著作物の取扱いについて」

はじめに

 昨年GAFAMの一角であるフェイスブックが社名をメタに変更し、メタバース(仮想世界)開発に本格的に参入する意向を表明した。思い切った方向転換の背景には、内部告発により次から次へと露見したバランスの欠いた利益重視の社風が各国からの批判に晒され続けたことによるダメージと、デジタル通貨リブラ(現ディエム)発行の夢も各国の中央銀行に包囲網を敷かれ粉砕されてしまったマーク・ザッカーバーグCEOの疲弊した現実逃避の心理が働いていたことは容易に想像はつくが、世界の潮流に機敏なマイクロソフトにおいても純資産額1兆9000億円の米大手ゲーム会社を7兆8000億円で買収するなどメタバースへの並々ならぬ仰望が窺われ、ナイキに至ってはバーチャルスニーカーの商標登録申請を行うとともにメタバースプラットフォーム内で販売に乗り出すなどメタバース市場への迷いのない進出気勢が感じられる。
 半導体メーカーであるエヌビディアも忘れてはならない。彼らはアバター(分身)を使ってシミュレーションするソフト「オムニバース」を開発し、現にBMWの生産現場ではこのソフトを使って生産計画における作業の3割を効率化できる目途がついている。
 このような一連の大きな動きを見るにつれて、やはり経済界が予測するようにここ5年くらいの間で新しい巨大経済圏が構築されるであろうと認めざるを得ない。同時接続の数億人の人間が自身のアバター(分身)を使って経済活動を行うメタバースという3D空間の到来。まずはそれを潔く認めてからの問題提起である。
 まずもってメタバース内では自由の度合いが違う。人は自分のアバターを通して性別を容易に変えることができるばかりか動物にだって植物にだってなることができる。そんな自由に酔った肉体的自己内他者が一斉に経済を回し始めたとき、果たして法律はそれについていけるのか? 私が特に不安に思うのは仮想不動産と著作物の取扱いである。
 既にメタバース内の一等地を4億円以上の大金で購入する動きも出てきているらしい。仮想不動産の取引きにおいて、所有権(仮想のものに法律上の所有権の概念がそのまま適用されるわけではないが、)の移転に係る登記は現行のブロックチェーンの技術をもってすんなり行えたとしても、そこに制限物権や対抗力を備えたい賃借権が付着した場合、それらの登記は可能だろうか? 権利錯綜による争いや、取引きをためらう業者が出て来ないかと不安が残る。
 しかしこれもブロックチェーン上に仮想不動産取引きに限っては特殊な中央の存在を置き、契約を自動で行うスマートコントラクトの精緻な条項を設定できれば解決可能となるだろうし、更にリアル不動産よりも低コストで取引きできるとなれば、各方面にビジネスチャンスが生まれることは間違いない。
 一般的にメタバース内でのアート作品のビジネスはNFTアート(デジタルアート)に席巻されてしまうだろうと予測されているが、実はそうでもないだろうと筆者は考える。昨今のNFTアートの隆盛はデジタルデータに非代替性(信ぴょう性)が付加されたから起こったものであって、そもそも支持体に描かれたリアルアートはわざわざNFT化せずとも最初から非代替性を兼ね備えた一点ものなのである。
 メタバース内でのリアルアートの売り方として、たとえば画廊と専属契約を結んでいない画家が自ら会社を設立し、メタバース上で仮想不動産を購入あるいは賃借するなどして画廊を構え、従業員にはアバターとしてまるでリアル世界と同じように接客を行って貰い、販売に繋げるといった方法も考えられる。要するに接客と販売はメタバース内で行って、商品の引渡しは現実世界で行うといった二つの世界の使い分けである。
 こういったビジネスを成立させる為にも、まずは仮想不動産の取引きが適法に行えるように整備しなければならない。就中スマートコントラクトの進化と、それに併せてブロックチェーンと掛け合わせできるかが解決の鍵となるだろう。
 メタバース内の仮想不動産の総面積は、はるか地球の面積を超えていくだろう。そこにリアルな土や水はなくても、アバター側が必要としない限り、それらは不要なのだ。活気づくアバター達を迎え入れ、今後メタバース内でどのような都市空間が創り出されていくのだろうか。空間を彩る広告の写真。街を徘徊するアバターの様相。当然私達はもう一つの問題として仮想都市空間における著作物の取扱いで、失敗しては取返しのつかない恐ろしさに気づかなければならない。
 まず著作物をNFT化するという行為は二次的著作物の創作に該当し、その権利は原著作者(原作家)に帰属する。二次的著作物の創作権に限らず、すべての著作権(著作者人格権と著作財産権)は著作者(作家)に帰属するのである。この点をよく踏まえて、作家は自身の有する著作権を死守して、仮想世界側に譲渡してしまうことがないよう注意して頂きたいと思う。あくまでも利用許諾にとどめて、譲渡してしまわないこと。この点から崩れ落ちてしまうと、メタバースは無法地帯となり、いやそれ以上に恐ろしい脅威の世界の様相を呈し、リアル世界を逆襲し始めることになるだろう。
 何を言いたいのかというと、作家がリアル世界でもはや制作活動を行えなくなってしまうということである。リアル世界で制作活動を行うと、逆に仮想世界側から二次的著作物の創作権侵害で訴えられるケースが起こり得てしまうのである。
 今後メタバース内では今とはまるで桁違いの数の二次的著作物の創作が行われていくことになるだろう。それを受けて文化審議会は原著作者の許可を取り次ぐ新しい窓口の創設を検討し権利処理の迅速化を図っているが、具体的にどのポイントで権利処理が必要なのか分かっていない人なら開かれた窓口もスルーしてしまうだろう。そしてそのスルー現象が多発してくるのではないかと筆者は危惧している。常々感じることだが、外国に比べると日本人の著作権に関する知識や関心は低水準にある。それが日本でアート作品が売れない原因の一つになっているのである
 メタバースを大混乱の場にしたくない。誰もがそう思うだろう。では、どのように対応すればいいのか? 民間シンクタンクの成すべきことは何か?


 今、一人の狂人が、ヨーロッパでとんでもないことをしでかしている。
 北京冬季五輪開催中にアメリカの政治専門サイトであるポリティコが、「ロシアは早ければ2月16日にウクライナに侵攻する」と報じたので筆者も心づもりをしていたのだが、いざ本当に戦争が始まると、未然に防ぐことは出来なかったのかと苛々とした気分にもなる。皆感じることは同じようで、アメリカでも「トランプが大統領だったらこの戦争は起こらなかった」という世論も沸きあがって来ているらしい。トランプが大統領だったら、という仮定はともかくとして、安全保障政策がきちんと出来てさえいたらこの戦争は起こらなかったと筆者も考えている。敵対する強権主義者を本物の狂人にしてしまわないようにすることが安全保障の役割ではなかったのか。
 筆者は西側諸国の人間なので考え方も理念も西側諸国に立脚する。しかし皮肉にも中国が国連総会の緊急特別会合で発言した「国の安全保障は他国の安全保障の犠牲の上に成り立ってはいけない」という言葉の内容が重い。歴史上一貫して言えることだが、攻撃する側には、相手の痛みを想像する力が欠けているのである。
 平和、民主主義というものが時に流血や死を伴う闘争の中で現実的に勝ち取って来たものであるということを考え合わせると、やはり人類から戦争というものを完全に拭い取ってしまうことはできないのかもと思ったりもするが、筆者はリアル世界の平和創出の装置としてメタバースに期待する。ウクライナのNATO加盟が事実上無理であるなら、ウクライナ独自の安全保障の構築も今後必要となってくるだろうし、そういった政策もメタバース内でアバターを使ってシミュレーションできないだろうかと考える。少なくともメタバース内ではリアルな血は流れないし、誰も死なない。
 来るべきメタバースはリアル世界の平和創出の場となってほしい。
 まずは民間シンクタンクの立場として、筆者は専門分野を手掛けることとする。メタバースにおける著作権の侵害を未然に防ぐことを目的として、まずは著作権法の基本概念に立ち返って足場を固めていくこととする。


2022年3月17日

株式会社アート・シンクタンク&月下の一群
代表取締役 柏木敏幸